1873年ドイツ西部、国境近くの美しい中世の都市、フレーデンにヘルマン・ニーシングが創設したジュエリーのワークショップからニーシングの歴史は始まりました。フレーデンが最初に歴史に記載されたのは839年。重要な宗教上の中心地として、公に1252年に都市となりました。古くは30年戦争から第二次世界大戦まで数多くの戦火に見舞われ、全土の40%以上を消失する歴史を繰り返す中、フレーデンの人々はいつの時代にも復興を成し遂げてきました。ニーシングが不屈の都市、フレーデンに創業して約140年。ニーシング本社とファクトリー、隣り合う「ホワイトハウス」と呼ばれるデザイン室は三位一体となり、ジュエリーを次々に生みだしています。
長い歴史の中で、ニーシングが伝統的ジュエラーからコンテンポラリージュエラーに転換したのは1970年代。1979年のThe Niessing Ringの完成を待ち、ニーシングは新世紀へ移行しました。四半世紀を経た現在もそのデザイン哲学は継承され、マイスター達の卓越した技術力に支えられながら、革新的ジュエリーを創作し続けています。
ヘルマン・ニーシングがドイツ・フレーデンに創設したジュエリーのワークショップからニーシング社を設立。宗教関連の宝飾品制作を中心にスタートし、後に結婚指輪の専門ジュエラーとなる。
シームレスの結婚指輪を開発。
この時代にニーシングによって開発されたジュエリー制作のためのツールや機械類は、今日でも世界中の多くのジュエリー工房で使用されています。
年間60万本の結婚指輪を精算する企業に成長し、ドイツにおける主要メーカーとなる。
ウズラー・エクスナー及びMax von Hausen教授によるコンテンポラリー・デザインに特化したジュエリーへのデザイン哲学を定め、外部のデザイナーとのコラボレーションをスタートする。
ウォルター・ウィテックが「The Niessing Ring」を開発。爪を排除し、金属の張力だけで支えるダイヤモンド・リングは一大センセーションをもたらす。
レッド、レディッシュ、グリーン、ペールグリーン、サンドグレー、グレーの6色のカラーゴールドを発表。同年、イエローゴールドからシルバーまでのグラデーションを実現した「アイリス」を開発。
ベルリン・スティルベルクに最初の直営店ニーシング・ベルリンをオープン。
ハノーヴァーEXPO2000開催を機にEXPOオフィシャル・リング「アバックス」がデビュー。3つの小さな球が動く「アバックス」は、最初の一年で65,000本の販売記録を達成。
オリジナルの「The Niessing Ring」がドイツにて美術品として認定され著作権を取得。
ハンブルク、ミュンヘン、シュトゥットガルト、北京、東京に直営店を次々にオープン。
穏やかなグレーから情熱的なレッドゴールドへのグラデーションを実現した「オーラ」を開発。同年、大阪・心斎橋に国内2店舗目となる直営店をオープン。
「The Niessing Ring」発売30周年を記念して、期間限定でアニバーサリーリング”Edition30”を販売。
名古屋に東海初の直営店をオープン。